私が、不登校の子どもたちの教室を始めた理由
「どうして、不登校の子どもたちの教室を始めたのですか」。最近、この質問を受けることが増えました。一言で答えるなら、学校へ行けなくなった子どもたちに、「人生は、ここからでも十分に楽しくできる」と伝えたかったからです。
ただ、最初から不登校支援の仕事をしようと決めていたわけではありません。
私はもともと、教育の世界で長く仕事をしてきました。浜学園では数学科の講師として10年間、子どもたちを教えました。その後は家庭教師派遣事業を立ち上げ、会社の経営、研修事業、インターナショナルスクールの校長、全国の学校への外国語講師の派遣と、さまざまな立場から教育に関わってきました。振り返れば、人生の大半を子どもと教育に使ってきたことになります。
その長い時間のなかで、ずっと感じてきたことがあります。子どもの能力や価値は、テストの点数や学校の成績だけで決まるものではない、ということです。
教える仕事を通して見えてきたもの
浜学園で教えていた頃、私は子どもたちが問題を解けるようになる瞬間に、大きな喜びを感じていました。分からなかった問題が分かる。できなかったことができるようになる。その瞬間、子どもの表情は本当に変わります。自信を失いかけていた子が、少しずつ前を向き始めることもありました。教える仕事の面白さは、間違いなくここにあります。
一方で、教育の世界に長くいると、点数や順位では説明のつかない子どもの姿も見えてきます。勉強がよくできるのに、自分に自信を持てない子。周囲からは何の問題もないように見えて、心の中では苦しんでいる子。反対に、学校の勉強は得意でなくても、料理や工作が驚くほど上手な子、パソコンに詳しい子、人の気持ちに敏感な子、小さな子の面倒を見るのがうまい子もいます。
子どもの力は、もともと一本の物差しで測れるようにはできていません。
ところが学校という集団のなかでは、どうしても同じ時間に、同じ場所で、同じ内容を学ぶことが求められます。それが合う子もいれば、うまく合わせられない子もいる。集団に合わせられないことと、その子に能力がないことは、まったく別の話です。
けれども、子ども自身はなかなかそうは思えません。学校へ行けなくなると、多くの子がこんなふうに考え始めます。
「自分はみんなと違う」
「自分はできない人間だ」
「自分は将来、どうなるのだろう」
保護者の方も同じです。
「育て方が悪かったのだろうか」
「このままで高校へ行けるのだろうか」
「将来、社会で生きていけるのだろうか」
子どもだけでなく、家族全体が深い不安のなかに入り込んでしまう。私は、この状況を何とか変えられないかと考えるようになりました。
教育と福祉が出会った場所
長く教育業界を歩いてきた私が放課後等デイサービスを始めたのは、福祉の現場が抱えている課題と、教育の世界が抱えている課題に、重なる部分が多いと感じたからです。
福祉には、子どもの特性を理解し、一人ひとりに合わせて支援するという考え方があります。教育には、子どもが新しいことを知り、考え、できることを増やしていく力があります。この二つを、もっと深く結びつけられないだろうか。ただ子どもを預かるだけでなく、その子が将来、自分の力で生きていくための準備ができる場所をつくれないだろうか。そう考えました。

私たちが預かっているのは、子どもの時間であり、可能性であり、その先に続く人生です。
子どもを預かるということは、数時間を安全に過ごしてもらうことではありません。だからこそセントラル・パークでは、学習だけを行うのでも、遊びだけを提供するのでもなく、学習、探究、体験、そしてAIやITを含む未来につながる力を、バランスよく届けたいと考えています。
勉強ができるようになることは、もちろん大切です。ただ、それと同じくらい、誰かと一緒に料理をすること、自分で考えて何かをつくること、知らない場所へ出かけること、パソコンで自分の考えを表現することも大切だと思っています。そうした小さな経験の積み重ねが、「自分にもできることがある」「明日はこれをやってみたい」という気持ちにつながっていきます。
「学校へ行けないこと」と「学べないこと」は違う
不登校という言葉を聞くと、学校へ戻すことが一番の目標だと考える方もいると思います。もちろん、本人が戻りたいと望み、その準備が整ったのなら、私たちも全力で応援します。ただ、学校へ戻ることだけが、その子にとっての正解とは限りません。
学校へ行けない時期があっても、学ぶことはできます。人とつながることもできます。好きなことを見つけることも、将来に向けて力を蓄えることもできます。学校へ行けないことと、その子の人生が止まることは、同じではありません。
とはいえ現実には、学校へ行けなくなった瞬間から、子どもの生活は急激に狭くなります。朝、起きる理由がなくなる。出かける場所がなくなる。友達と会う機会が減り、昼夜が逆転し、やがて家族以外の人と話すことも少なくなっていきます。本人も苦しいのですが、保護者の方も誰に相談すればいいのか分からず、家庭のなかだけで問題を抱え込んでしまう。
だからこそ私は、学校でも家庭でもない「第三の居場所」が必要だと考えました。
- 毎日でなくてもいい
- 最初は短い時間でもいい
- 勉強ができない日があってもいい
まず家から出て、安心できる人と出会い、自分を否定されずに過ごせる場所がある。そのこと自体が、子どもにとっては大きな一歩です。セントラル・パークという名前には、誰もが立ち寄って少し休み、また自分の道を歩き始められる公園のような場所にしたい、という思いを込めました。
ここは、子どもを無理に変える場所ではありません。その子がもともと持っている力を、一緒に探す場所です。
不登校は、その子だけの問題ではない
不登校の子どもが増えているのは、子どもが弱くなったからではないと私は考えています。社会がこれだけ大きく変わったのに、子どもの学び方や居場所の選択肢はほとんど増えていない。原因の一つは、そこにあると思っています。
大人の働き方は、ずいぶん多様になりました。会社へ毎日出勤する人もいれば、自宅で仕事をする人もいる。会社員として働く人もいれば、自分で事業を始める人もいる。得意なことを生かして、インターネットを通じて仕事をする人もいます。それなのに子どもに対しては、今でも一つの学び方だけを求めがちです。
学校という仕組みを否定するつもりはまったくありません。学校には、たくさんの良いところがあります。ただ、学校が合わない子のために、別の道も当たり前に用意されている社会であってほしい。学校へ通う道もある。フリースクールで学ぶ道もある。家庭で休みながら、自分のペースを取り戻す時期があってもいい。大切なのは、どの道を選んでも、その子が社会から切り離されないことです。
不登校は、一人の子どもや一つの家庭だけの問題ではなく、地域全体で支えるべき教育と社会の課題です。
私が伝えたい「人生は楽しい」という言葉
セントラル・パークが大切にしている言葉は、「人生は楽しい」です。これは、毎日が楽しいことばかりだ、という意味ではありません。

私自身、長く仕事をしてきて、順調なことばかりではありませんでした。事業を立ち上げる難しさ、会社を経営する厳しさ、人との出会いと別れ。思いどおりにならないことも、数え切れないほど経験してきました。人生には苦しいこともあるし、失敗することもある。自信を失うこともあります。
それでも、人はもう一度立ち上がることができます。新しい人と出会い、新しいことを知り、今までできなかったことができるようになる。昨日まで見えなかった道が、ある日突然、見えてくることもある。私は、その人生の面白さを子どもたちに伝えたいのです。
不登校の子どもに「学校へ行きなさい」と言い続けるだけでは、心は動きません。まず大人のほうが、その子に伝えなければならないことがあります。
「あなたには、まだたくさんの可能性がある」
「今は休んでもいい」
「人生は、学校だけで決まらない」
そして言葉だけでなく、実際の体験を通して「少し楽しかった」「また来たい」と思える一日をつくること。それが私たちの仕事だと思っています。
私は、子どもたちに「早く大人になりたい」と思ってほしいのです。大人は大変そうだ、働くことは苦しいだけだ、将来には不安しかない。そう感じながら育つのではなく、「大人になったら、こんなことをしてみたい」「自分も誰かの役に立ちたい」「働いて、自分の人生をつくってみたい」と思ってほしい。そのためには、私たち大人自身が挑戦している姿を見せる必要があります。
これまで経験してきた教育や会社経営は、子どもたちに伝えるための材料だと考えています。社会のなかで実際に仕事をしてきた経験そのものが、子どもたちに渡せる一冊の参考書になるはずです。
子どもの未来は、今いる場所だけでは決まらない
今、学校へ行けず、部屋のなかで過ごしている子どもにも、必ず未来があります。今は人と話すことが難しくても、いつか誰かと笑える日が来ます。今は勉強に手がつかなくても、自分から学びたいと思えるものに出会うかもしれない。今は自分に価値がないと思っていても、将来、その子にしかできない方法で誰かを助ける日が来るかもしれません。
私たち大人の役割は、子どもの将来を早く決めることではありません。その子のなかに残っている小さな意欲や興味を消さずに、次の一歩が生まれるまで支えることです。
教室へ来たからといって、すぐにすべてが変わるわけではありません。昨日まで家から出られなかった子が、今日は玄関まで来られた。ほとんど話さなかった子が、自分から一言だけ話してくれた。参加できなかった活動を、少しだけ見ていてくれた。私たちは、そんな小さな変化を大切にしたいと思っています。
大人には小さな一歩に見えても、本人にとっては大きな挑戦であることがあります。他の子と比べるのではなく、その子の昨日と今日を比べる。できなかったことを責めるのではなく、できたことを一緒に喜ぶ。それが、セントラル・パークの支援の原点です。
この教室を、全国の子どもたちへ
不登校の子どもたちが安心して過ごせる場所は、まだまだ足りていません。住んでいる地域によっては、通える場所そのものがないこともあります。教室があっても、距離や費用、支援内容の問題で利用できない家庭もあります。
私は、セントラル・パークのような場所を全国に増やしたいと考えています。それは、単に教室の数を増やしたいからではありません。子どもが学校へ行けなくなったときに、「もう終わりだ」ではなく、「近くに別の居場所がある」「自分に合った学び方がある」と、子どもと保護者が思える社会にしたいからです。
一つの教室で支えられる子どもの数には限りがあります。けれど、同じ志を持つ人が各地域で立ち上がれば、支えられる子どもは大きく増えていきます。
- 教育に関心を持っている方
- 地域の子どもたちのために、何かしたいと考えている方
- 会社を経営しながら、社会に必要とされる事業を残したい方
そうした方々と力を合わせて、子どもの居場所を全国につくっていきたいと思っています。
最後に
私が不登校の子どもたちの教室を始めた理由は、一人でも多くの子どもに「自分の人生には続きがある」と知ってほしいからです。
学校へ行けない日は、人生の空白ではありません。立ち止まっているように見える時間にも、子どもは考え、悩み、自分なりに次の道を探しています。その時間を否定せず、安心して過ごせる場所を用意し、学びや体験、人とのつながりを届ける。そして、子どもが再び自分の力で歩き始めるまで、そばにいる。それが私たちの役割だと思っています。
いつかセントラル・パークを卒業していく子どもが、笑顔でこう言ってくれたら、これほど嬉しいことはありません。
「いろいろあったけれど、自分の人生も悪くない」
「これからやってみたいことがある」
「早く大人になりたい」
私たちは、学校へ戻すことだけを目的にしているのではありません。子どもが自分の人生を取り戻し、もう一度未来を楽しみにできるようにすること。そのために、私は不登校の子どもたちの教室を始めました。これからも、子どもたちに伝え続けたいと思います。
人生には、何度でも出発点があります。
そして、人生は楽しい。

株式会社JCP 創業者
中園 潔
浜学園で数学科講師を10年務めたのち、家庭教師派遣事業を創業。研修事業、インターナショナルスクール校長、外国語講師の派遣事業などを経て、児童発達支援・放課後等デイサービス「セントラル・パーク」を立ち上げる。「人生は楽しい」を理念に、教育と福祉をつなぐ居場所を全国へ広げている。